スマートウィル代表坂本によるコラムシリーズ第二弾の第8回をお届けします。
「誰に、何を、どう届けるか」
CRMの議論はよくこの言葉で始まります。
しかし実は、多くの企業が最初の一語でつまずいています。
誰にが、正確に見えていない。
CRMが機能しない最大の理由は、顧客を識別できていないことにあります。
同一人物なのに、別人になっていないか?
・店舗では会員カード
・ECではメールアドレス
・LINEでは別ID
・予約システムでは電話番号
データはある。しかし、それらがつながっていなければ、企業側から見る顧客は“分断された存在”になります。リアルでは常連。オンラインでは匿名。
この分断がもたらす実害は、想像以上に深刻です。
たとえば――
昨日、店舗で定価購入してくれた顧客に、翌日、ECから同商品の「割引レコメンドメール」が届く。企業側に悪意はありません。しかし顧客にとってはノイズであり、時には「自分は理解されていない」という違和感になります。
識別できていないということは、関係性を壊すリスクを内包しているということでもあるのです。
ID統合は「管理」のためではない
ID統合というと、システムの話に聞こえます。しかし本質は、データ管理ではありません。目的は、関係性を一貫させることです。
・オンラインで検討していた商品を、店舗で自然に提案できる
・前回の購入履歴を踏まえた会話ができる
・過去の不満を次回の改善につなげられる
これらはすべて、「同一人物として見えている」ことが前提です。ID統合とは、顧客を管理するためではなく、顧客との物語を途切れさせないための基盤整備なのです。
「識別」は、予兆を読む力になる
識別の価値は、過去を整理することだけではありません。むしろ真価は、未来を読むことにあります。
たとえば:
・EC閲覧頻度が急に上がった
・特定カテゴリのページ滞在時間が伸びた
・来店間隔が微妙に短くなった
IDが統合されていなければ、これらは点の情報にすぎません。しかし統合されていれば、そこに流れが見えてきます。それは「予兆の識別」です。顧客は、突然購入するわけではありません。関心が芽生え、比較し、迷い、そして決断する。
そのプロセスの中に、必ずシグナルがあります。識別とは、シグナルを「一人の物語」として読める状態をつくること。この“予兆を読む力”こそが、次回のテーマであるLTV(未来価値)設計の出発点になります。
CDPはデータ倉庫ではない
CDP(Customer Data Platform)もまた、誤解されやすい言葉です。CDPはデータの保管庫ではありません。重要なのは、行動データを意味のある形で統合することです。
・購買履歴
・予約履歴
・接客履歴
・キャンペーン反応履歴
・問い合わせ履歴
これらを「部署ごとのデータ」として持つのではなく、一人の顧客の履歴として見られる状態にすること。CRMとは、データの量を増やすことではありません。
顧客の物語を読める状態をつくることです。
識別は、技術課題ではなく経営意思である
ここで強調しておきたいことがあります。識別は、システム部門の課題ではありません。
経営の意思決定です。
「なぜIDを統合するのか」
「どこまで顧客を理解しようとするのか」
「どのデータを、どの粒度で持つのか」
この問いに経営が答えられないまま、ツールだけ導入しても、プロジェクトは必ず迷走します。ID統合の失敗事例の多くは、“技術の問題”ではなく、意志の不在から生まれます。
どこまで顧客と向き合う覚悟があるのか。その覚悟が、データ設計を決めるのです。
【Smartwill's 視点】
スマートウィルlでは、クライアンテリングツール「BoCRM」を通じて、データ統合そのものではなく、「統合の目的設計」から支援しています。
重要なのは、ツール選定より前に、
・この会社は、どんな顧客と関係を築きたいのか
・そのために、どんな識別精度が必要なのか
を明確にすること。ID統合はゴールではありません。関係性を進化させるための“起点”です。
▶ 次回予告|第9回
LTVで描く“未来の顧客価値”
― 生涯価値に基づく戦略設計と可視化指標 ―
識別ができたなら、次に問うべきは「未来価値」です。顧客は、いくら“今”買うかではなく、これからどれだけ関係を深められるかで見る時代へ。
CRMは、売上管理ではなく、未来設計へと進みます。
- 日本生命保険相互会社にてリテールマーケティング戦略の構築に携わった後、日興プリンシパル・インベストメンツ株式会社(現 シティグループ・キャピタルパートナーズ合同会社)に参画。企業買収(PE投資)ビジネスにおいて、マーケティング戦略担当として主にリテールビジネス領域の投資先企業の経営支援を行う。その後、テレマーケティング事業のリーディングカンパニーである株式会社ベルシステム24にて、社長室長、執行役員営業企画室長、専務執行役・COO(最高執行責任者)などを歴任し、事業運営および成長戦略を牽引。あわせて日本テレマーケティング協会常任理事も務めた。
2010年に合同会社スマートウィル(現 株式会社スマートウィル)を設立。CRM(顧客関係管理)を軸としたマーケティング戦略・組織変革支援を行う。
2012年より青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科(MBA)にて講師を兼任し、「CRM戦略」を担当。
2014年には『この1冊ですべてわかる「CRMの基本」』(日本実業出版社)を刊行し、累計発行部数19,200部(第9刷)を超える。
2025年、東京都議会議員に初当選(世田谷区選出)。現在は、民間企業で培ったマーケティングおよび経営の知見を生かし、都政にも取り組んでいる。
